その日、義人はちょっとよろよろしながら帰ってきた。
最初はまたいつもの「悪い癖」だと思ってたんだけど。
Leftover
「ほら!食事は残しちゃばちが当たるって、母さん、いつも言ってるでしょ!ちゃんとピーマンも食べなさい!」
全く…。よく混ぜておいたのに、ピーマンだけ除けてある。器用なものねぇ。
一緒に食べちゃえば面倒じゃないし、わざわざ後から嫌な思いしなくてすむのに。
「えぇ〜! …あ、お兄ちゃんの分の牡蠣フライ、もらってもいい? 今日は夕ゴハンいらないって言ってたよね?」
「いいけど、ピーマンちゃんと食べたら、よ」
「ちぇ…」
いつも取り合いしながら食べてる兄がいないと思って、すかさず提案してきた娘に釘を刺す。
「あなた!ほら、新聞広げない! 読むのは後で出来るでしょ!」
「ち、ちょっと待ってくれ! 番組欄だけチェックしてから…」
「えぇ〜! あたし、7時から見たいのあるのに〜!」
「父さんだって見たいのあるんだ!」
「よ〜し、じゃあじゃんけんね!」
「「じゃ〜んけ〜ん…」」
「ちょっと! 食べ終わってからにしなさい! 二人ともお行儀悪い!」
これでも賑やかさ、っていうかうるささがいつもの5割引。今日はお呼ばれで出かけていった義人がいる時は毎日戦争よ。お店も忙しいし、下手すると食いっぱぐれ…って。
「ちょっと! 母さんがとっといたエビフライとったのどっち!?」
二人ともそっぽを向く。二人とも微妙に視線が泳いでる。さては二人で『山分け』したね!?
…ったく、油断もすきもないんだから!
そこへちょうどあの子が帰ってきた。
「おかえり、義人〜。どう、楽しかった?」
「お兄ちゃん、お帰り〜! ねぇ、もうすぐTV始まるよ!」
「おう、義人おかえり! どうだ?お前のことだから、ここぞとばかりにうまいもんいっぱい食ってきたんだろ?」
「ただ今! おう!食ってきたぜ〜! あいつんちは飯もケーキも美味いかんな。もう、腹い〜っぱいだぜ〜」
おかずとられた後だけに何か腹たつなぁ…。
いかにも食べてきました!って感じで大袈裟に大きく息をついてみせる息子に、ついちくっと言ってしまった。
「いったいどれだけ食べてきたのよ!? …まさか、零一君の分まで取って食べたとか言わないでしょうね?」
「げ、何でわかったの!?」
え〜!? 冗談で言ったのに、ほんとに!?
「えっ、ホントにやったの!? やめてちょうだい、みっともない! うちで食べさせてないみたいじゃない、恥ずかしい…」
「でも零一のやつ、あんま食べないんだもん。もったいないじゃないか! いつもお母さんが食事は残すなって言ってるしさ〜。」
「そ、それはそうだけど…」
「腹いっぱい食べたら眠くなってきたからさ、俺もう寝るわ。んじゃ、おやすみ〜」
「え!?」
いつもなら宵っ張りで、遅くまで騒いでるこの子が!(そして朝よく寝すごしてる)
さっさと着替えて二階に上がっていってしまった。
「あれ!? お兄ちゃんTV見ないの?」
「何だ? 今日はえらく早いな。…まさか明日雨じゃないだろうな…」
「もう、あなたったら!」
あの子にしては大人しすぎる。
…変ね。
まさか、食べ過ぎておなか痛いとかいうんじゃないでしょうね!?
心配になってきたわ。
「義人?」
部屋のふすまを開けて覗き込んでみると、さっきは眠いと言っていながら眠れなかったらしく、何度も寝返りをうっていた。
「義人? どうしたの? おなか痛いの?」
声をかけてみると、向こうを向いてしまった。
「…ちがうよ」
声の調子からすると本当に腹痛じゃないみたいだけど。
「どうしたの? 眠れないんでしょ? いつもならまだ起きてる時間だものね」
「…」
「母さんとしては早く寝て、朝ちゃんと起きてくれるのは嬉しいんだけどね」
「…」
「どうしたの? 何かあったの?」
「…」
「…ケンカでもしたの?」
「…ちがうよ」
今度は頭から布団をかぶってしまった。
「…」
どうしよう。
聞き出してアドバイスとかした方がいいかしら。しばらく放っておく方がいいかしら。
そう思案を巡らしかけたところで義人が口を開いた。
「…残したらさびしいかも、って思ったんだ」
「…え?」
「誕生日のケーキがたくさん残って、一緒に食べる人がいなかったらさびしいかもってさ…」
「…そう…」
「ちょっと苦しかったけど食べてきた」
「そう」
「美味しかったよ。あいつんちのケーキ」
「そう」
…そういえば零一君のご両親って、ピアニストで忙しい方々なんだって聞いたことあったっけ。
確かに、残ったケーキって美味しくないわね。一人で食べるケーキは美味しくないわね。
そういうことか。
この子なりに気を使ってたんだ。大人しいんじゃなくて、大人だったのか、今日は。
大人の行動って感じじゃないけどね。
優しいね。
わがままばっかり言ってる、いたずらばっかりしてる悪ガキだったのに、いつのまにこんなこと考えるようになったんだろ。
…何だか寂しいなぁ。あっという間に大人になって行っちゃうのかなぁ。
「そうか。美味しかったんだ」
私は振り返らないままぼそぼそ話してた布団虫を、ぽん、ぽん、とリズムをつけて叩き始めた。
「うん…」
「そっか…」
しばらくそうしてると寝息が聞こえてきた。
寝ちゃったか。今度はホントに。
私は音を立てないように、ちょっととボロいふすまをそ〜っと閉めた。
翌朝。
「こら! いい加減起きなさい!」
「お母さん〜…。後5分…」
「義人! さっきもそれ言ったわよ! もうすぐ零一君が来るわよ!」
そう言いながら、なかなか起きない布団虫を蹴っ飛ばす。
「もう〜! 急ぎなさいよ!」
「ふぁ〜い、今何時…って、やべっ!」
あわてて階段を下りていく足音を聞きながら部屋の窓を開けた。
空はよく晴れてて空気が澄んでる。布団もよく干せそうね。
「あ〜! お兄ちゃん、あたしのウィンナー返してよ〜!」
「昨日、俺の分の牡蠣フライ持ってったんだろ? これでおあいこな!」
「昨日はいなかったんじゃないのよ!」
…朝っぱらからまたケンカしてる声が聞こえるわ。もう、あの子達は!
ああもう、昨夜思ったこと撤回!
あと10何年かは子供達は『うちの子供達』ね。
寂しいなんて思うのはその後だわ。
その後は…。
「あなた! いい加減に起きてよ!」
私はもう一つの布団虫を蹴っ飛ばした。
END
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遠まわしに、さとられないように気を使っていそうだな、と思ったもので…。
義人はゲーム内のイメージから、いいお兄さん&女の子にマメそうなイメージがあったので、姉妹がいるのかな〜と思って妹を出してみました。